西武ライオンズ
鬼崎 裕司(おにざき ゆうじ)

佐賀工業高から関東学院大に入学。1年秋からレギュラーとして活躍。2年次よりオリックス・バッファローズに所属する原拓也と二遊間を形成。大学卒業後は富士重工業へ進み1番・遊撃手として社会人野球日本選手権優勝へ貢献。2007年ヤクルトからドラフト3巡目の指名を受け入団。2年目のシーズン終盤でプロ初安打を記録すると、15試合の出場ながら打率.3562本塁打8打点でチームのクライマックス出場に貢献。2011年に西武・小野寺とのトレードが発表された。背番号は「56」。

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オリックス・バファローズ
原 拓也 (はら たくや)

東海大相模高から関東学院大へ入学。1年次からベストナインを獲得し、主将も務めた。2007年、ドラフト4巡目で西武ライオンズに入団。2年目にフレッシュオールスターで最優秀選手賞を獲得すると、3年目からは1軍に定着。主力選手が離脱した穴を埋める大事な存在として二塁、遊撃、三塁をこなした。2011年には最多の104試合に出場。二番打者に定着し、球団新記録の51犠打を記録した。2012年には入団時からの背番号「43」から「5」に変更となった。2012年オフに、オリックスバッファローズへの移籍が決まった。

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